東京家庭裁判所 昭和43年(家イ)3694号 審判 1968年8月22日
国籍 アメリカ合衆国ネブラスカ州 居所 大阪府
申立人 ノブコ・コールマン(仮名)
国籍 申立人に同じ 居所 東京都
相手方 チャールス・アール・コールマン(仮名)
主文
(一) 申立人ノブコ・コールマンと相手方チヤールス・アール・コールマンとは、離婚する。
(二) 相手方は申立人に対し、アリモニーとして一月米貨七〇〇ドル相当額(申立人の日本居住中は、日本貨とする)をこの審判確定の月から三六か月間毎月末日までに申立人の居所に送金して支払うこと。
(三) 相手方は申立人に対し、夫婦財産の分割として、申立人と相手方とが共同で買い入れた不動産である
(い) アメリカ合衆国ハワイ州ハワイ島イーデンロック土地の内第○○区画○○番
(ろ) 同区画○○番
を申立人の単独取得とすること。
(四) 申立人のサーネームは、離婚後も「コールマン」のままとする。
理由
一 申立人ノブコ・コールマンは、もと日本国民で、旧姓青山といい、一九五五年一一月二二日東京で日本の方式に従つて相手方と婚姻した。その後相手方とともにアメリカ合衆国に渡り、一九六三年五月二八日カンサス州で合衆国市民権を取得したため、日本の国籍を喪失した。一九六三年一二月相手方とともに来日して、東京都○○市内に居住していたが、一九六八年三月事実上別居し、相手方はその肩書居所に移り、申立人は大阪府○○市の親族方に身を寄せるに至つたものである。相手方チヤールス・アール・コールマンは、合衆国ネブラスカ州で生れた合衆国市民で、一九五三年合衆国海軍軍人として来日し、一九五七年六月帰国して除隊となり、ネブラスカ州に帰住したが、大学で管理経営学を学び、一九六三年一二月テイ・イー・ルエイ社に入社して日本に配属され、神奈川県○○市内にある在日合衆国陸軍関係のセンター内の同社日本事務所に会計主任として勤務しているものである。同社は、機械設計を事業目的とする会社で、本社はマニラにあり、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互条約及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(昭和三五年六月二三日条約七号)第一四条所定の、合衆国の法律に基づいて組織された法人で、合衆国軍隊のための合衆国との契約の履行のみを目的として日本国にあり、かつ、合衆国政府が指定したものであつて、相手方はその被用者であるから、相手方は合衆国軍人軍属と同様に日本国への入国の利益を持ち、その他前同条に定める特権をもつものであつて、このような地位にもとづく用務遂行のために日本で生活をするにすぎない(相手方は、現にネブラスカ州における選挙権を持つ)ものであるから、相手方のドミサイルは依然としてネブラスカ州にあるものと考えられる。
一般に外国人間における離婚の国際的裁判管轄権については、当事者(殊に、相手方)の住所要件を具備することが必要であるとされるが、ここにいう住所とは、当事者の本国法上の概念によるのではなくして、日本が国際事件を処理するについての日本の法制上の概念によるべきものと考えられる。本件においては、相手方の日本における居住状態はここにいう住所に該当するものと認められ、しかも、申立人も現に日本で生活を続けているものであるから、この離婚については日本の裁判所が裁判管轄権を持ち、かつ、これを行使することができるものということができる。なお、申立人と相手方とは本件手続期日に自身出頭して陳述をし、当裁判所の審判を受けることに同意した。
二 ところで、日本の国際私法たる「法例」第一六条によると、「離婚は、その原因たる事実の発生したときの夫の本国法による」ことになつている。本件では、夫である相手方は合衆国市民であり、ネブラスカ州にドミサイルをもつものであるから、この離婚についての準拠法は、「法例」第二七条第三項により、結局、ネブラスカ州の法律であるということになる。
三 以上のことに関して、「法例」第二九条によると、「当事者の本国法によるべき場合に、その国の法律に従い、日本の法律によるべきときは、日本の法律による」(これは、日本法への反致条項といわれる)とあり、本件においては、この条項の適用がある場合ではないかということが問題となるようである。
(一) もし、この反致条項の適用についての基礎を住所におき、例えば、合衆国の法制は住所地法主義であり、本件における夫の住所は日本にあるから、日本法への反致があるといおうとするのであれば、この場合における住所とは、「その者の本国法上の概念による住所」であるべきであり、本件においては、夫の住所が日本にない場合であるから、本件は日本法への反致がないことが明らかであろう。
(二) 「アメリカ合衆国における国際私法の原則上、離婚の準拠法は法廷地法である」とし、日本は法廷地であるから、日本法への反致がある、との見解が相当に有力のようである。
しかし、この見解には、純理論的見地からは賛成し難い。何となれば、合衆国諸州における法廷地法の原則なるものは、しかもこれを離婚のように必ず裁判によることを必要とする事項に限定していうならば、それは各州自身が持つべき裁判管轄権の有無と密接不離の観念であつて、合衆国諸州の裁判管轄権概念が日本のそれとは異なると同様に、合衆国諸州における法廷地主義準拠法概念と裁判管轄権とは密接な関係にあるのに反し、日本における準拠法概念は裁判管轄権概念には直接の関連を持たないものであるから、日本が法廷地であることをもつて直ちに合衆国諸州の準拠法概念を日本の準拠法概念に結びつけることはできないものといわなければならないからである。
合衆国諸州の法制では、ある州が法廷地であるとすれば、その州は自州に裁判管轄権があるものとし、自州の法律(実質法)を適用することとなるが、この場合、他州の指示によつて自州の法律(実質法)を適用することになるのだ、とするのではない。
また、もしある州が法廷地でないとすれば、その州には裁判管轄権がないものとし、その州はその裁判をすることを否定するというだけのことであつて、他州(または、他国)に自州の裁判管轄権が存在するのだとか、その他州(または他国)が自州の裁判管轄権を行使するのだとは考えないのである。本件についていえば、日本に存在するのは、日本の裁判管轄権であつて、ネブラスカ州の裁判管轄権ではないのである。そして、このことに関連して、ネブラスカ州をふくめた合衆国諸州がこの日本の裁判管轄権を承認するであろうかという問題が、ほかに存在することになるわけである。合衆国諸州の法制では、前に述べたように、裁判管轄権と法廷地主義準拠法とは密接な概念であるから、その州の裁判管轄権のないところにその州の準拠法があるとは考えないはずである。従つて、日本に日本の裁判管轄権が存在し、しかもその存在が合衆国諸州の法制から承認されるであろう場合には、合衆国諸州のいずれの準拠法も、当該州の衝突法上の作用としては(また、その隠れた作用としても)日本に到来することはないものといわなければならない。
(三) 合衆国衝突法に関するリステイトメント第一三五条には、「離婚を求める権利は法廷地法に従う」とあり、一見すると日本法への反致を肯定するかのようである。しかし、この原理の根底には合衆国諸州のとる法廷地主義というものがあるのであつて、これを無視してはならないのである。
ある事件の法廷地がある州であるとすれば、その州はその事件の法廷地であるが故に、自州の法律(実質法)を適用することになる。その州が法廷地であるということがきまれば、その事件はいわばその州の国内事件であり、法廷地主義から眺めるかぎり、そこには渉外的要素は存在しないことになる。従つて、準拠法の指定とか選定とかの観念が登場する余地がないのである。
また、ある事件の法廷地が自州ではなくして他州であるとすれば、自州は法廷地でないが故に裁判管轄権なしということになり、その州の法制による準拠法の適用ということはその事件にはおこらないものとなる。自州が法廷地でないということになれば、その事件は全くの外国事件であり、法廷地主義から眺めるかぎり、そこには渉外的要素は存在しないことになる。従つて、この場合にも準拠法の指定とか選定とかの観念が登場する余地がないのである。ただそこにあるのは、当該法廷地である他州(または他国)でなされた裁判(または、法律の適用)をどのような条件で承認し、これを有効として扱うかの問題となるのである。以上説明するとおり、「離婚を求める権利は法廷地法に従う」という原理の中には、ある州の離婚準拠法を他州へ送致したり、他州のそれを自州で適用するというような意味合いは全くふくまれていないのである。すなわち、離婚の裁判が日本で行われる場合には、日本法(実質法)が適用されるべきだとする要請は、合衆国の法廷地法原理からは少しも出てはこないものといわなければならないのである。
(四) 「これまでの日本の離婚裁判の中には、日本法への反致があるとし、日本法を適用して離婚を認容したものが数多くあるが、このような裁判が合衆国諸州でどのように取り扱われて来たかを知ることによつて、日本法への反致の有無を知ることができる」とするのはあたらない。何となれば、合衆国諸州における外国裁判承認の法理のもとでは、準拠法概念は、公序による制約のある点を除き、その承認要件から開放されているからである。
四 本件調停における調査の結果によると、相手方は約一年前から他の女性と親しくなり、時々外泊して性的交渉を持ち、一九六八年三月以来その女性と同棲していることが認められ、これは、ネブラスカ州の法律が定める離婚原因にあたることが明らかであり、日本民法によつても同様である。よつて、当裁判所は、ネブラスカ州の法律にもとづいて、申立人と相手方とは離婚(絶対的離婚)をすべきものとし、かつ、同法律の定めるところに従い離婚に伴うアリモニーとしては主文第二項掲記のとおり、財産の分割としては主文第三項掲記のとおりそれぞれこれを定めることとする。
なお、離婚による妻の姓の変更の点についても同州の法律に従うべきところ、これは裁判所の裁量によることになるので、当裁判所は、申立人の希望を容れ、申立人をして従前どおりの姓を維持させるのを相当と認める。よつて、主文のとおり審判する。(この審判は家事審判法第二四条第一項にもとづくものであつて、当事者または利害関係人から異議の申立をすることができ、もし当事者が審判の告知を受けた日から二週間内に異議の申立がないときは、この審判は民事訴訟法にもとづいてなされた訴訟における確定判決と同一の効力をもつことになるのである。)
(家事審判官 野本三千雄)